2017年05月25日

ロック・クラブ体験記◆鼠粒據λ楽後編

前編では僕がクラブに通い始めた1990年代後半〜2005年までのロック・クラブにおける洋楽と邦楽のかかり方について書きましたが、今回はその後編。

前編はコチラ

「2010年以降状況は激変。それは良いことではなかった」と締めての続き、何が良いことではなかったのか?それは当時僕が拠点にしていた大阪のクラブが「店が客に無許可でダンスをさせてはいけない」という風営法の元、次々と警察による取り締まりを受けることになるのです。

今は改正されましたが(それでも問題は残っている)、当時の風営法に基付いて簡単に説明すると「一定の条件を満たしたナイトクラブは許可を取って初めて深夜1時までなら客にダンスをさせてもよい」ということなので、そもそもオールナイトでガンガンやっている場所は基本的に違法、許可が取れていないならいつ何時も違法という理屈です。

そして同法によって摘発を受けた、梅田は中崎町のクラブNOONの元店長金光氏は裁判を起こしました。僕も風営法について学びながら傍聴にも通いました。結果は最高裁判決で勝訴。NOONがやっていたことは風営法によって取り締まられるものではないということになりました。NOONに警察が入ったのは2012年、この結果が出たのは2016年のことです。

風営法に対する思いはTwitterなどでもずっと発信してきたのですが、またいずれまとめたいと思います。では、この間に大阪のロックがかかるクラブ・パーティの状況はどう変わったのか?まず代表的なパーティがほぼ全て、それまで通りには開催できなくなりました。NOONでのPUBLIC CAFE、KARMAでのCLUB SNOOZER、ROCKETS〜LUNA CLUBのGROOVER、ATLANTIQS〜TriangleのFREE AGAINなど。僕がDJをしていた心斎橋ROCKROCKはまたちょとニュアンスが違うヴェニューなので、パーティは変わらず続けていましたが、あくまでバーのBGMというスタンスで音量などを考えてやっていました。最も大変なのは店。みんないろいろと心苦しさもありながらだったと思う。そして、それぞれのDJがやり方を模索する時期に入ります。

結果、それを風営法のせいだけにはできませんが、ロック・クラブが好きだったお客さんの遊び場が激減する。そういったパーティをモデルに、自分たちも何か始めてみようという意欲ある若者もほとんどいなくなった。のべ相当な数の人が動いていたので、そこいらのメディアよりも音楽の発信地としての影響力も強かった。僕もそう。読み物も好きだけど、単純に音源の情報となると90%は街の専門レコード屋さんとクラブだったから、もうどうしていいやら。

と苦しいこともありましたが、近年は上記に挙げたパーティやそこにいたDJも、また新たな形を作って走り出しています。それぞれに考え方や方針があるのであとは現場に足を運んでみてください。ロックやポップ・ミュージックのことを知りたければめちゃくちゃ楽しいから。また単純に難しいこと抜きに音の鳴る場で夜通し遊ぶとスカッとするので。

前置きが長くなりましたが、テーマの洋楽・邦楽に戻します。クラブがそんな状況の中、クラブとは関係のないところから新たに出てきた流れがありました。それは今のROCK IN JAPANに代表される日本のアーティストのみが出演するフェスやライヴハウスからの影響で出てきたDJです。

そこには、さまざまなスタイルがあります。出所はそこでも洋楽にシフトを置いたパーティも、”洋楽も”かかるパーティもあれば、”邦楽ロックDJ”、”邦楽ロック専門イベント”なども出てきました。邦楽中心でもそうは打たない人もいます。フェスの疑似体験的なことを打ち出すパーティもあれば、自分たちの地元のバンドシーンを作るようなイメージでやっている人もいます。

といった感じで一概には括れないんですが、クラブ初のDJが、特に”洋楽邦楽”にボーダーを引かないこと、もしくは洋楽寄りだったことに対し、邦楽を意識するDJが増えたことは間違いない。

そして、クラブとフェス/ライヴハウスは根本的に楽しみ方が違うので、DJのプレイスタイルやパーティに対する考え方に差もあります。ざっくり言えばクラブはそこに音が”ある”ことが楽しみ。フェスやライヴハウスは、バンドを”観る”ことが楽しみ。そこでDJはバンドと同じ”アクト”なのか、バンドとバンドを繋ぐ役割になるのか。基本的にクラブ発のDJにそういう概念はありません。

だから両者がクラブでもライヴハウスでもいいんですが、同じ時間帯同じ場所でDJだけでパーティをやっても異質のものになる。基本的に長時間のプレイで選曲を練り波を作って場所の雰囲気を作るクラブのレジデントDJと、短いワンセット全力投球型で爪痕を残さんとするフェスやライヴハウスのDJということ。僕が後者のパーティに初めて行った時はDJ、お客さんの音楽に対するひたむきさとパワフルさにびっくりしましたが、正直疲れた(笑)

では、クラブ出身のDJとフェス/ライヴハウス出身のDJの関係性はどうなのか。互いに全く共感できない、互いをリスペクトしている、互いの存在すら認識していない、認識はしているけど興味はないなど様々です。両方を行き来するDJも多くいる。双方の雰囲気を知っているからこそのボーダレスでオリジナルなパーティもある。

では僕が2010年以降のフェス/ライヴハウス出身のDJたちに出会わなければ知らなかった、もしくはそこに行かなければフロアでの楽しみを知らなかったナンバーを紹介。断わっておくと、あくまで僕がそこで体験したという話でアーティストの意向や方向性とはなんら関係はありません。

■夜の本気ダンス / WHERE?


この曲はまじでビビった。震えた。僕の視点からは新人類。そのパワーを感じた。

■Czecho No Republic / No Way


武井 優心と山崎正太郎が在籍していたVeni Vidi Viciousは知っていたのですが、繋がらなかった。インディーな香りもするしメロディがきれいだし、あろそうでなさそうな感覚が好きです。そして自分もよくかけるように。

■ストレイテナー / KILLER TUNE


ストレイテナーは元々めちゃくちゃ好きだったのですが、自分が通うクラブではかからなくてたまに自分でかけるくらいだったから、いい流れでかかった時に何かを取り戻すように爆踊りした。

といった感じ。結局自分の周りでは「こういうことがあったよ」という本当に体験記なだけで、何が言いたいのか分からなくなってきましたが、まさかクラブとは別のところからクラブに行ったことがないDJがぼんぼん出てくるなんてそれ以前は思ってもいなかったので、この先はどんなことが起こるのか楽しみだということ。

ただひとつ苦言を言うとすれば、前編の冒頭でも軽く触れましたが、みんな思いを持ってやっているのはわかる。でも、僕は洋楽邦楽という分け方自体が苦手。DJが”邦ロック・セット”とか”邦ロック・イベント”という言い方をするのは嫌だな。ちなみにクラブDJで洋楽DJとか洋楽セットと言う人には会ったことがない。多くの国内アーティストのみのフェスで、フィジカルでビートが単調で即効性が強く目に言える一体感や盛り上がりが大きい音楽を”フェス向け”と提示するのも苦手。フジロックやサマソニや世界のフェスじゃそれは概念のごく一部。もしくは通じない。

なぜ嫌なのかと言うと、そこに日本人としての強みや音楽や文化的なにおいを感じないんです。だから”邦ロックって何?”と聞かれても面白い説明ができない。日本にロックはあっても”邦ロック”という音楽は存在しない。ロックなんだからいつだって世界の中で輝ける可能性がある。なのにただ日本人というだけのポリシーなき括りはネガティヴな鎖国になっちゃう。

セレクターは発信者。ちょっと角度ややり方を変えれば、もっと音楽的に豊かな広がりを持てる可能性は、みなさんの方が僕なんかより全然あると思う。実際いろんな音楽に出会わせてもらったし。だからあえて言わせてもらいました。

ロックンロールにはDJには素晴らしい未来があります。では。


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Target!

2017年9月、無事Target!の1回目を終えることができました。遊びにきてくださった皆様、ありがとうございました。また次回、お会いしましょう!